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廃線跡 近鉄小房線跡を辿ってみた

 
 
 
昨日23日、かつて存在したとされる(近鉄)小房線跡を辿ってきた。


この小房線跡を辿ってみようと思ったきっけかは、以前、貴賓室があった駅として知られる

JR畝傍駅について調べるうち、現・近鉄橿原神宮前駅とJR畝傍駅を結ぶ路線として、小房線

という鉄道線が存在していたことを偶然知ったことから始まった。
 
 
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この小房線は、国鉄線から橿原神宮までの利便性の確保と、吉野で切り出された木材の運搬を

主な目的として昭和14年に開業。

その6年後の昭和20年まで営業運転されていたことが確認されている。



他と違い小房線の面白いところは、私鉄(橿原神宮前駅)と国鉄(畝傍駅)を結ぶ珍しい路線

だったということ。

軌道幅は勿論、電化、非電化といった違いがある中、どうやって営業していたのかと疑問に

思うが、地図で確認してみると確かにそれらしき跡が残っていたので辿ってみることにした。







出発地は近鉄橿原神宮前駅。

現在利用されているホームの東側、整備用として覆いがされてるにあたりにかつて小房線

のホームがあったと思われる。

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それを証明するかの如く、小房線の名残だろう。

現在も隣の畝傍御陵前駅に向けて、現役の営業用2線に加え1線の計3線が北に伸びている。

廃線後もそのまま引込み線として利用している(た)ようだ。


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しかしこの1線も橿原神宮前駅から550m、畝傍御陵前の手前450m地点で寸断されていた。

丁度この先で道路が拡幅されていることから、廃線1線分が道路として転用されたのだろう。


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小房線は畝傍御陵前駅まで真っ直ぐ北進した後、徐々に右(東)へカーブしていったと思われるが、

御陵前駅周辺にはその名残は全く残っていなかった。

丁度ルートにあたる地点に小学校(畝傍北)があることから、こちらも小学校用地として転用された

と思われる。


339_convert_20101023234718.jpg





近鉄橿原線の東、約150mの位置を橿原線と平行する形で北に伸びるR169。

このR169を北上していくと、畝傍御陵前駅の北約450mのところで廃線跡と思われる路地を見つける

ことが出来た。


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橿原神宮前駅から約1.5kmの地点で初めて廃線跡を辿ることが出来たのだが、

道路幅は何とか車が1台通れるほど。

廃線となった後、恐らく半分を宅地に、残り半分を道路に転用したと思われる。


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R169から約200m走った地点に橿原中央体育館があった。

ちょうどこの辺りに小房駅が存在したのだろう。


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廃線跡は続くよどこまでも、と書きたいところだが、R169から300m走った地点、

飛鳥川の堤防に阻まれる形で廃線跡は一旦寸断されていた。


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地図を見た限りでは、飛鳥川の向こう側にも廃線跡は残っていたので堤防を越えてみる。

階段に出くわしても担いで上ればOK。

つくづく自転車は便利な乗り物だ。


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階段を上ったところはR165。

ここで「藤原京大橋」という大それた名前の橋を渡って飛鳥川を越える。

丁度この橋で飛鳥葛城自転車道と交わることから、時間がある方は少し寄り道して廃線巡りなんて

如何だろう。


364_convert_20101023235523.jpg 368_convert_20101024211404.jpg 371_convert_20101024211436.jpg




飛鳥川沿いを走る県道を少しだけ川下に向かった後右折、その後直ぐ左に曲がると、

また廃線跡が復活。

しかし今度も道路幅は狭い。


374_convert_20101023235632.jpg 377_convert_20101023235743.jpg





飛鳥川を越えてから200m北進。

小房観音の東、約150mの地点で再び廃線跡は寸断されていた。


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寸断された地点からしばらく目測で跡を追ってみたが、廃線跡は跡形もなく宅地へと

変貌を遂げていた。


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寸断された地点から畝傍駅まで約700m。

ゆっくりと左(西)にカーブを描きながら現・JR桜井線に合流していったと思われるが

その名残を確認することは全く出来なかった。


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ただ、畝傍駅の一番南側には小房線のホームであったと思われるホームと、線路跡が残っていた。

勿論、今は線路は取り除かれ何も残ってはいなかったが。


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家に帰って調べてみると、小房駅があったと思われる地点と、畝傍駅の東に橋脚の残骸が残っている

ことが分かった。

これはまたそのうちに確認しに行かねば。
 
 
 
 

テーマ : 趣味と日記
ジャンル : 趣味・実用

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跡地の転用

廃線跡は、サイクリング道路になってしまった茨城のものと、生活道路になってしまった都内多摩地域のものの2箇所走った事があります。
郊外をのどかに走っていた線路の跡はサイクリング道路に転用するのは難しくないと思いますが・・・
(廃線になった時代というのも関係していると思います)
開発が進んで、周囲が宅地になってしまった廃線の場合は生活道路にならざるを得ないかな?と思ってます。
(多摩地区のものは戦前のもので国鉄私鉄似たような路線があったため、国策で統廃合されたのだと思います)

廃線跡を巡るのが好きな自転車乗りの方も大勢居るようですし、輪行しやすいFDBは最適ですよね・・・

羽ぴょん さん

仰る通りここは廃線になったのが大昔のことで、整備されることもなく
面影が残ってたのは600m弱でした。
途中で自転車道と交差してますから、上手く宣伝すればそれなりに人が
寄ってくるかもしれないですけど、思いっ切り生活道路ですから、住人
は反対するカモ^^
プロフィール

ヤマちゃん

Author:ヤマちゃん
奈良県出身・在住
所有車:Brompton M3L ×2
     :Bruno road mixte

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